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お知らせ

岩手県仮設住宅引越し支援報告 (6月13日〜18日)

【2011.06.13 更新】

岩手県仮設住宅引越し支援活動の報告(一部を抜粋しています)

 

支援活動に参加した森さんの報告

 

【6月14日】

6:45出発。釜石市街に入る手前で少し渋滞したが、概ね順調に運行。左手に釜石駅、右手に新日鉄の巨大プラントを臨む交差点に差し掛かると、その信号が消えており、警官の手信号で交通を捌いていた。そこから先、景色は一変。破壊された商店街、廃墟が両側を埋め尽くしており息を呑む。ゴミ処理場の臭いが強く漂う。釜石から先、大槌町まであまりに凄惨な景色が続く。運転しながらも危うく落涙しそうになる。

 

本日の支援は大槌町の仮設住宅に布団等の家財を搬入する作業。我々生協チーム4名だけでなく、20名以上が集まり、作業は順調に進む。

 

昼過ぎには作業が完了したので、釜石から大船渡〜陸前高田へと大きく迂回してみた。一つの自治体がほぼ姿を消してしまった景観に何と言って良いのか、言葉が無い。

瓦礫は相当集積されており、交通は殆ど復活している。しかし、瓦礫は聳える程渦高く盛られ、これをどうするのか、地盤沈下によって海面下に没している大半の市街地は復旧出来るのか、心配は尽きない。 

 

【6月15日】

我々は釜石ボランティア事務局から依頼された引越支援。親戚に身を寄せた高齢夫婦が仮設住宅に入るお手伝いで、介護ベッドが大物。搬出先の家も車では上がれない小高い場所にあり、作業は人海戦術に依るほかなかったが、幸い、若者2名といっしょだったため、作業は滞りなく進んだ。

 

【6月16日】

7時ミーティング、7:15出発。遠野から釜石〜大槌迄一時間〜一時間半。朝の道中、釜石市内に入ったところのバス停前で信号待停車の折、小学2〜3年生の女の子が熱狂的に手を振って駆けてきたのでパワーウィンドを下げ、「何やった?」と聞くと、「ボランティアありがとう!」の大音声。私、同乗者と共に大感激(=^▽^=)
 
午前中で予定は終わったので、本日は大槌から山田〜宮古へと北上した。山田町市街地は無惨に破壊されていたが、既に解体・瓦礫撤去はほぼ完了している様子で、更地が多い様に見えた。
宮古市街地も1m70㎝の浸水にさらされたと聞いたが、防波堤を乗り越えて(つまり、防波堤は破壊を免れた)の津波だったためか、建屋は残っている。しかし、市中心部が依然停電中。建屋は見た目全く損傷の無いものと、解体を待つばかりのものがあり、何がどう違ったのか知りたいところだ。

【6月17日】
ある大きな避難所で、我等のトラックを見て60代位の女性から声をかけられる。「昨日はありがとうございました。本当に助かります」。おそらくは関西生協グループの在宅被災者支援のお礼を言われているのだろう。 
 
とても良い勉強をさせて貰った。今後の支援活動はもちろん、来るであろう災害への備え・日頃の訓練に活かしていきたい。