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お知らせ

「福島 土壌スクリーニング・プロジェクトに」参加しました⑧

【2013.11.02 更新】

10月23日(水)〜25日(金)に日程で近藤部長(人事部)と千葉部長(組合員組織部)がスクリーニングに参加しました。
前週より福島市内は雨が降り続いており、台風27号が接近していることもあり、本来は月曜日から金曜日まで行うスクリーニングですが、この週は、田んぼに水がたまり測定が出来なくなりましたので、金曜日は、川俣町山木屋地区の視察に行ってきました。

福島に行かなければ、分からないことの多さを実感しました。100ベクレル以下という国の基準値。基準値以下だから安全ということは分かっていても、生産者・JAによる努力による軽減の上で今の状況がある。果樹は高圧洗浄機や手で表皮をはぎ取ることで、現在はほとんど検出されなくなった。稲はカリウムが不足するとセシウムを吸収するので、ゼオライトをまくことで放射性物質を吸収させたり、カリウムをまくことで稲の放射性物質の吸収を抑え、25ベクレル以下となった。

これも土壌スクリーニングを行い、他の状況に応じて吸収抑制策を打っていることが結果につながっている。実際、スクリーニングした田では、最高11000ベクレル、最低2300ベクレルでした。5000ベクレルでは作れないと言われているが、対策を取ることで、お米からは25ベクレル以下の状況である。効率的に何をするのか、やれることは何なのか、生産者が希望を持って作物をつくる為の根拠となっている。更に、データを解析し、地区ごとの営農指導につなげることが本格的に始まる。土壌スクリーニングと全量検査が安心の根拠となっていることを確信しました。ただ、JAとしては、収集したデータを一人ひとりの生産者にどう理解してもらうかが今後の大きな課題である。とのことでした。
一方で果樹農家は、表皮を剥いたことで空間線量が多くなり、生産者の外部被ばくの問題が大きいことを知りました。特に若い方、奥さん、妊婦さん等への影響が大きく、安全な果実はできるが、原発で働く人の次に果樹農家の被ばくが多く、後継問題にも関わる。何の落ち度もないのに、原発事故は生活と不安、そして、人生計画そのものを壊したことを痛感しました。

3日間とも台風の影響で雨降りでした。田に水が溜まると測定ができなくなる為、急きょ25日は福島市中心部から、30分ほど浪江方面に向かった川俣町山木屋地区(浪江町、飯館村に隣接)を視察した。この地区は計画的避難区域で、誰ひとり住んでいない。以前は500世帯の地区だったが、町はゴーストタウン、田はセイタカアワダチソウが生い茂り、耕作放棄地となっている。避難指示解除準備の為、ゼネコンが入り除染作業を進めており、重機の音しか聞こえない。田んぼの線量を測ってみると4800ベクレル…福島市内と変わらない数値でした。この地域は、原発事故後1ヶ月経ってから避難区域の指定を受けた地区でもあります。原発事故は何をもたらしたのか、その場に行くことで感じ取ることができました。
その後、米の全袋検査場を訪問しました。昨年は1100万袋のうち基準値を超えたものは71袋ありましたが、今年は今のところ基準値を超えたものは0とのことでした。検査場は「日通」に委託して運営されており、昨年のスタート時は慌ただしく殺気立っていたそうですが、現在はスムーズに検査作業が行われていました。
         

福島は信用できることを身をもって体験しました。福島に行き、聞くことで分かることも多くあります。行った人は、福島で感じたこと、学んだことを話さなければなりませんが、聞くだけではなく、一人でも多くの方に参加していただき体験してほしいと切に感じました。今回の土壌スクリーニングに関われたことに感謝し、現在から20・30年後の未来に向けて、これからも福島を応援していきたいと思います。
また、原発事故から2年半が経過し、状況は大きく変わっていました。科学である原子力が起こしたことを、土壌スクリーニングという科学(数値)で、どのような状況になっているのかを把握し対策を講じる。対策が功を奏し、数値的にも大きく変わっているとことを今回のスクリーニングを通して実感しました。また、福島滞在中の26日未明に地震がありました。長時間にわたる横揺れがあり、大きな衝撃が来ないかと不安を感じました。放射能だけが不安ではないことを身をもって体験しました。