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組合員活動(活動レポート)

「陸前高田花火大会」の盛り上げ支援に行ってきました(8月13日〜16日)。

【2017.09.28 更新】

「おおさかパルコープ」さんの呼びかけによる「陸前大会花火大会」の盛り上げ支援に今年も参加してきました。
13日夕刻、各務原の本部をワゴン車で出発、一路陸前高田へと向かいました。14日早朝陸前高田着、市内視察・花火大会盛り上げ。15日は陸前高田より沿岸部を宮古市まで北上しながら視察、夕方に岩手を発ち16日早朝、本部着。参加メンバー6名元気に無事に行ってくる事ができました。

朝から降っていた雨も予告の花火が上がりだす頃には止み、高田の皆さんの想いが空に届いたんだと思いました。「五平餅、昨年も食べて美味しかったからまた買いに来ました!」と多くの方に来店いただき、花火大会が始まる頃には準備した270本を完売する事ができました。
今年も高田のみなさんの「おいしい」の笑顔にたくさん出会う事ができ今年も参加できて良かったなぁ、と思いました。

花火大会が始まる前には、語り部の實吉さんの案内で市内の状況を見て回りました。12mの嵩上げ工事も進み、新しい街の中心には核となるショッピングセンターもオープンしていましたが、その周辺への商店の進出や住宅街の形成はまだまだ…とのことでした。また、復興公営住宅の建設も進み入居も始まっていますが、小学校の校庭に立てられたままの仮設住宅や工事中の堤防などをみると、復興もまだまだ時間がかかるなぁと感じました。途中立ち寄った、気仙大工・左官伝承館でも、語り部の武蔵さんから震災当日の状況等をうかがいました。

15日は、宮古市田老で語り部の元田さんから、震災当日から今日までの状況を“世界一”とも言われた防潮堤に上りお話しを伺いました。田老町は明治29年以降、2度の10mを超える大津波を経験しそれを津波対策にいかしてきました。しかし、元々平らな土地が少なく、人口の増加や漁業の発展に伴い、防潮堤を超えて街が広がり、第二・第三の防潮堤が作られましたが、今回の津波は16mと…第一防潮堤より海よりでは大きな被害となりました。また、震災遺構となった「たろう観光ホテル」では、オーナー自らが6階の客室が撮影した貴重な映像も見させていただきました。

田老に向かう途中、地震後庁舎駐車場で災害対策本部開設準備をしている最中に津波に襲われ、町長以下40名の職員が亡くなられた「大槌町旧庁舎」、宮古市の「震災メモリアルパーク中の浜」にも立ち寄りました。ここは17mの津波が襲い、その高さに引っかかったままになっている漁業用ウキや津波の高さを実感できるよう、大型トラック2800台分の震災がれき由来の再生資材で作られた「展望の丘」に上ることができます。